2008年9月13日土曜日

INTO THE WILD

「INTO THE WILD」という映画を見る。ロードムービー好きで、青年期の真摯な(でも馬鹿げた)探求を描いた映画好き、ということもあって、とても好意的な感想を持った。

とはいえ、公開後の様々な感想を読んだりしていると、見ようという気がくじかれそうになったのも正直なハナシ。曰く「見終わった後に何かが残った」だとか「考えさせられた」だとか。「感動した」という訳の分からない感想は勿論問題外としても、その「残った」何かが何なのかという考察がない、とか、どのように「考えさせられた」のかの説明がないのは、そもそもその最初の感想が吐息のようなレベルに止まり、他者と交感する端緒になりえない。にも関わらず、机の奥底に仕舞っておくメモではなく、公開される場所で発言されるというのは、一体どのような了見なのだろう、と考える次第。

ところで、映画の視覚的な美しさや人間存在や関係の機微の描写については散々色々な人が語っているので、ちょっと違う点から一言。この映画は、字幕なしで英語のセリフのみで観ると、美しさが倍増します。アメリカ超越論の哲学者や詩人などの引用が多く、ビジネスの言葉、一種の共通語としての英語ではなく、それ固有の美を持つ言語としての英語が、映画をよりいっそう引立てているようです。

ちなみに、英語はわからない、とは言わないように。中学から普通の人で6年以上勉強しておいて、その言訳は通らないのですよ、世界では。教育行政の問題が大だとしても、本人の責に帰すものも多いのです。

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